製造業のアフターマーケットについてどのようなイメージを持たれているだろうか? 一般的には製品販売後の顧客サポート分野として認知されていると思われるが、そもそも同分野が自社の競争領域であるとの認識を持っている企業が決して多くない。
筆者は製造業のアフターマーケット分野で業務支援やコンサルティング事業に従事している。その経験を基に、本連載では製造業のアフターマーケットという事業領域がいかに収益に結びつくのかといった点に焦点を当てる。同分野について、事業的重要性、業務上の課題、日本と欧米での立ち位置の差、今後の事業としての方向性等を解説したい。
既に何らかの知識をお持ちの方にとっては言わずもがなの内容もあろうかと思うが、上述の通り、多くの皆様の関心をいただくことを主眼としている。是非、最後までお目通しいただきたいと願う。
アフターマーケットは競争領域である
筆者は今までに複数回、日本国内の製造業向けのセミナーや展示会でアフターマーケット事業の重要性や競合差別化の可能性を訴えてきた。その事後アンケートでは、「企業としてそこまで深くアフターマーケットという事業を捉えていなかった」という感想を目にすることが多い。
この事実を前提として、本稿ではアフターマーケット領域の重要性をお伝えするとともに、今後の日本製造業のあるべき姿に意識を傾けてもらうことを目的としている。
なぜならば、アフターマーケットは製造業企業とその顧客をつなぐ大事な事業領域であるからだ。それゆえに、その内容の程度が顧客満足度を大きく左右し結果的に今後の企業発展に大きく影響する。アフターマーケットは製造業の競争領域の1つであり、部署を問わずどの立場であっても関心を持つべき事業領域なのである。
それでは、このアフターマーケットという事業がどれ程重要なものなのか、いくつかのキーワードを基に説明する。
1. アフターマーケットは収益性が高い
下図のスマイルカーブを参照いただきたい。
スマイルカーブは1990年代から提唱された業務付加価値の判断材料で、アフターマーケット事業は製品の開発や製造事業に比べると、収益率が非常に大きいという特徴を持っていることが見て取れる。企業経営にとって、アフターマーケットは収益確保という点で非常に大きな恩恵をもたらす事業であるということが明確にお分かりいただけると思う。
2. アフターマーケットは不況に強い
2008年に米国発で大きな不況が発生した時、グローバル規模でほぼ全ての企業において業績が大きく落ち込んだ。その時、企業の収益を支えたのがアフターマーケットであるというのが、その後複数機関の調査で判明している。
景気の低迷によって、企業も個人も新しい機材の導入や投資は控えるものの既に持っている機材の稼働確保はしなければならなかったということが、アフターマーケットに売り上げが集中した要因であった。
景気は必ず変動する。アフターマーケットを不況時のバックアップとして好況時から資本を投下することで、不測の事態に万全の態勢で臨むべきだ。
3. アフターマーケットは顧客満足度を大きく左右する
保守サービスに代表されるアフターマーケットの業務では、良い経験をした顧客がリピート客となることや他の顧客を紹介してくれることなど、いわゆる優良顧客になる可能性が高い。
一方で、悪い経験をさせてしまった場合には、その顧客と今後のビジネスチャンスは全く無くなってしまう。場合によっては悪評を流す等、他のビジネスの阻害要因にすらなる可能性がある。
カスタマーボイスがSNSなどで拡散されることが多くなり、サービス満足度が企業の業績やブランドイメージに直結するようになってきた事実は最早無視する訳には行かない。特に企業が横並びで優秀な製品を提供している業界では、優れた顧客体験を提供するようなアフターマーケットの構築が従来にも増して重要になってきている。
4. アフターマーケットは新しいビジネスを作る
仮に悪い経験をさせてしまったとしても、顧客からのクレームを真摯に受け止めれば、新しい優れた製品や優れたサービスを形成するうえで非常に大きな財産となる。
従来ではアフターマーケット部署のみで対応し死蔵してしまっていたかもしれない顧客の言葉を、積極的に確実に吸い上げてマーケティング部署や製品開発部署に伝達し、次に生かすことができる文化やシステムを作っておくことが肝要である。
製品提供からアフターまで、「カスタマーエクスペリエンス」を全社で充実させることが当たり前の時代に入っている。製品販売後の顧客窓口であるアフターマーケットの存在意義はますます高くなっているのである。
5. 新しい技術によって新しいアフターマーケットが作られる
IoT(モノのインターネット)で機材の稼働情報が取ることができる昨今、例えば機材の累積稼働時間を把握することによって、予防保全措置として定期的な保守を確実に実施することが実現するようになっている。
さらに、温度上昇や振動発生等の異常を早期に察知し、それらをMachine Learning(機械学習)やDeep Learning(深層学習)を用いてデータ解析することで故障を予見し、機材が機能停止する前に修理することも可能となった。
このように、IoTとその延長上にある高度なデータ解析を利用すれば、従来では想定することすらなかった高精度な予知保全が可能な時代となっている。この予知保全自体が、機材の稼働を確実に担保するという新しい付加価値を生んでおり、この稼働を担保すること自体が、アフターマーケットの在り方をより重要なものに変えていっているのである。
予知保全はまさに転ばぬ先の杖として、今後の製造業とその顧客の双方にとって益々重要なものとなっていくであろう。
アフターマーケットは製品販売の尻拭いは誤ったイメージ
このように重要なアフターマーケットであるが、上述したようにまだまだ日本においては大きな関心を持たれるほどに至っていない。これは一体どうしてなのだろうか?
その理由は、多くの日本企業が「モノづくりこそ最も重要な事業領域である」と強く思い込んでいるためである。その上で、アフターマーケットは製品販売の尻拭い、製品が売れているからこそ努力しなくても何とかなっている分野、アフターマーケットはコストセンター等の誤ったイメージが一部で固定化しているからではないかと思われる。
この誤ったイメージが有るがゆえに、アフターマーケットは社内において投資や業務改革の的となることもなく、一般的に特に関心を持たれない業務領域になっているようである。
理由はともあれ、アフターマーケットが重要なビジネス領域であることは本稿で述べた通りだ。製造業の皆様には少しでも多くの関心を持っていただきたいと強く願う次第である。